「暑い夏、記憶と記録」
梅雨明け直後から記録的な猛暑が続いた今年の夏。偏西風の蛇行による異常気象で、北半球の温帯の国々では、日本のみならず、モスクワでも北京でも38度を超える暑い夏となりました。
一昨日(8月12日)は、1985年(昭和55年)の御巣鷹山の日航機事故から25年目。記憶のなかからあの日がよみがえってきました。
坂本九ちゃんの歌声が突然カーラジオから流れてその惨劇を知ったのは、ニューヨーク郊外にある塾の教室に移動する車の中でした。ハンドルを握るフランク先生が、大変なことが起きました、と告げる日本語のアクセントの節々を奇妙にはっきり覚えています。
記憶に節目をつけて来し方を振り返るのは、人間ならではの特徴でしょうか。明日は8月15日、戦後65年目です。
オランダ日系2世の父親探しを取り上げた、武井優さん主催の「ファムケーション」が、この6月19日に開催されました。私は会場の手配や受付の手伝いをしていたのですが、会の終わりの方で、記憶に留めたい言葉を聞きました。翌日は父の日で、お父さんに何を伝えたいかという質問に、いのちをありがとう、というメッセージが2世の方からありました。戦後65年の日数を埋める言葉でした。その夜は、サーカーのワールドカップで、日本対オランダの試合があったのも、すばらしい偶然でした。

私が関わっている「海外高校生による日本語スピーチコンテスト」も今年が15回目。毎年夏になると、海外で日本語を勉強する各国の高校生代表がやってきて、スピーチを競うだけでなく、日本語を使っておよそ2週間生活を共にします。第1回が開かれた1995年は、秋から冬に向かうオーストラリアで、その第1回目の代表をどのようにして募り、選抜し、日本に送り出すか、毎晩月を眺めながら思案に暮れていたことを思い出します。回を重ねて、この7月25日に開催されたコンテストでは、13名の各国・地域の代表が集まり、思い出をいっぱい作り、持って帰ってくれました。

一方、私の住む狛江市で、資金難でしばらく途絶えていた花火大会が、この8月5日、多摩川の河川敷でありました。「狛江市制40周年記念花火大会」というタイトルにあるように、これも記念の節目のおかげです。もうひとつ、多摩川を手作りいかだで漕ぎ下る「狛江古代カップいかだレース」が、この7月18日に20周年を迎えたことも忘れることはできません。

記憶をほじくりかえしながら、今年の夏をふりかえってみましたが、人間は忘れやすく、また勝手に自分の都合のよいように覚えていたりするものです。過去に節目を付けて、記憶を記録として客観的に見る、多くの人と共有することの大切さを思いました。
まだまだ暑い日が続きます、どうぞお気をつけて。皆さまのすばらしい夏の記録が印されますことを、願ってやみません。
平成22年 8月 吉日


