「ひばりとグリーンスパンとカルタゴと」
私の母は、大正14年3月の生まれですから、平成20年の今年で83歳になります。昨年10月末に3度目の狭心症の発作で救急車で運ばれて以来、病院暮らしを余儀なくされています。私は、この年末年始の休みを使って、郷里の岐阜の実家に帰り、昼夜の食事の世話をしながらずっと付き添うことにしました。
ほとんどが寝たきりの病人の気晴らしには、懐かしい歌声がよかろうと、美空ひばりのヒット曲を集めたCDを買い、カセットにダビングして、小型レコーダーとともに持って行きました。12歳のひばりが歌う河童ブギウギから、悲しき口笛、東京キッド、りんご追分などの昔なじみの曲をはじめ、A列車で行こうなどのジャズナンバーもあり、見事な声とリズムを母とともに楽しみました。
病院の中で、昨年11月に翻訳の出たグリーンスパン前FRB議長の自伝を読み始めました。1926年すなわち昭和元年生まれということですから、母のひとつ下です。真珠湾攻撃を知ったのは、クラリネットの練習中だったというくだりがあり、音楽に打ち込んだ青春時代を持つ前議長に妙に親しみを感じながら、すぐれたエコノミストの歴史の証言に耳を傾けました。
お正月のテレビの特番で、ローマの歴史を描いた番組がありました。カルタゴのハンニバルが、象部隊を引き連れてアルプスを越え、ローマとの戦いに挑むところで、いっしょに見ていた兄が、ローマをアメリカ、カルタゴを日本に見立てて、明治以降の両国の戦争や経済の在りようを話しました。歴史は移って、今日のアメリカの強大な支配力のもと、10年先20年先の世界がどうなるか、その時のために何を考え、何をしなければならないか、あれこれと思いをめぐらせた次第です。
美空ひばりは、「川の流れのように」という名曲を残して、平成の元年に亡くなりました。見かけは同じ水のようでも、川の水は常に流れていて、同じ水はそこに存在しません。私たちの生きている時間も、同じ時間というのはひとつとしてありません。歴史に学び、考えながら、今ここにあるものに全力で取り組み、流れの行く末を、あるべき姿を求めていかなければと、新しい年のはじめに心に刻みました。
平成20年 1月 吉日


