2009年も、あと半月あまりとなりました。清水寺の森清範貫主が書き上げた今年の漢字は「新」という一文字でした。時の流れに目印をつけて、過去を振り返り未来を見据える私たちの思いが、今年一年の出来事と相成った気がします。このことを心に刻んで、また次の一歩を踏み出したいと思います。
今年一年お世話になりました皆々様に、心よりお礼を申し述べさせていた だくとともに、来年がよりよい実りの時となりますことを祈念して。
平成21年 12月 吉日
2009年も、あと半月あまりとなりました。清水寺の森清範貫主が書き上げた今年の漢字は「新」という一文字でした。時の流れに目印をつけて、過去を振り返り未来を見据える私たちの思いが、今年一年の出来事と相成った気がします。このことを心に刻んで、また次の一歩を踏み出したいと思います。
今年一年お世話になりました皆々様に、心よりお礼を申し述べさせていた だくとともに、来年がよりよい実りの時となりますことを祈念して。
平成21年 12月 吉日
【 略歴 】
昭和29年(1954年)4月1日、岐阜県生まれ。大学の仏文科を出て、今村昌平監督のつくった横浜の映画学校に通った。テレビの脚本書きでは食べて行けず、1981年バイト先の塾の海外展開に参加して香港に行ったのが転機となった。帰国子女教育の世界に本格的に関わり、香港の3年間のあと、ニューヨークに1年、その後も教師として、また教育相談員として、日本企業の進出する海外現地を訪ね歩いた。やがて、帰国生の親代わりとして生活と学習の面倒をみる寮の運営に携わる。海外の学生や教師を招聘し、日本の学校の授業体験を通して交流をはかる事業や、企業のさまざまな研修の受け入れもこの施設で行なわれ、今日の研修事業の礎となる経験を積んだ。2005年3月企業の人材育成活動を総合的に支援する有限会社櫂を設立。
国際交流事業として、日本語を学ぶ海外14カ国の高校生による「海外高校生による日本語スピーチコンテスト(JSA)」の運営責任者を務めている。